有機農業の開拓者、次のステージへ。変わる勇気で、変わらぬ有機

千葉県の東部に位置する山武市。
火山灰や枯れ木・落ち葉が蓄積されることで生まれる「黒ボク」と呼ばれる栄養豊かな土に恵まれるこの地で、農業が発展するのは必然だったのでしょう。
農薬や化学肥料全盛だった時代、山武の地力を信じ、いち早く有機農業へ舵を切ってから30年。
自らが正しいと信じる農業を広めるために、先達たち、そして自らを変えることを恐れず、変わり続ける産地と人がここにあります。
代々続く、農家の三代目。有機農業へと舵を切る。
富谷さん自家製の堆肥で作り込まれた土はフカフカで栄養満点!
有機農業の先進地と言えば、必ず名前の上がるグループのひとつ、さんぶ野菜ネットワークの代表として活躍する富谷亜喜博さん。
にんじん栽培の名人としても一目置かれる、プレイングマネージャー的な人物です。
祖父の代から続く農家の家系で富谷さんは三代目。高校卒業後は農業大学校で農業在学び、20歳で就農。そのまま進んでいれば、農薬や化学肥料を使っていた父の農業を今も営んでいたかもしれません。
しかし、当時は農薬や化学肥料全盛の時代。物々しい防護服を着用して行う散布作業、さらにはどんなに強い農薬を使っても改善しない農作物の連作障害。
富谷さんは「何かがおかしい」と常に感じていたと言います。
そんな時、当時JA山武睦岡支所で所長をしていた下山久信さん(現さんぶ野菜ネットワーク役員)から「有機農業をやらないか」と声をかけられたことから、富谷さんは大きく進路を変えることになります。
畝(うね)をまっすぐに作れるのは、技術のある農業者の証です。
椅子に座って作業できる選別・包装スペース。奥様・和美さんのアイデアです。
野菜が育てば人も育つ。有機農業の先進地。
掘りたてのにんじん。色鮮やかで生命力を感じさせる。
下山さんと共に立ち上げたJA山武睦岡支所有機部会。この部会を前身として、2005年にさんぶ野菜ネットワークは農業組合法人として新たなスタートを切ります。
それから10年以上、有機農業を目指す人々を受け入れて指導できるまでの組織になりました。
栽培する野菜は少量多品種生産が基本。葉物から根菜類、トマトやピーマンなどを年間通じて栽培していますが中でも人気なのがにんじんです。特に富谷さんのにんじんは別格!にんじんの香りと味がしっかりするのに、特有の嫌な雑味がなく甘いと評判です。
その秘密はいろいろありますが、特に注目すべきは堆肥でしょう。
富谷さんが使うのは、もみ殻や茶殻など植物性の素材で作る自家製。
「物性の肥料というのはとても面倒で使いたがる農家はあまりいないんですよ。でも、長期的に見るといい土になるんです。」
即効性のある農薬や化学肥料に頼って目先の結果左求めるのではなく、土台をしっかり作り込むことで長期的な結果を出す。富谷さんの農業スタイルは、人づくりや組織づくりにも通じるものがあるようです。
農家の要となる女性の交流と息抜きの場所として。
有機農業の急先鋒的存在として、いち時代を切り拓いてきたさんぶ野菜ネットワーク。
その活動を支えているのは紛れもなく女性です。
2005年さんぶ野菜ネットワークの女性の会として発足した『サンSUNママさん』。消費者を招いての収穫体験や交流会でのアテンドや料理づくり、物産展での案内役など活動は多彩です。
現在、代表を務めるのはメンバーの中でも若手の槍木佐知子(うつぎさちこ)さん。
「これまでは年長者が代表をするのが慣例でしたが、皆さん任期が終わると引退されてしまうので、活動のノウハウが継承されにくかったんです。だから役員を現役世代で持ち回りにしてみようと。今期は私が代表です」。
「サンSUNママさん」の代表を務める槍木佐知子さん。
『サンSUNママさん』のスタンスはとても柔軟です。
さんぶ野菜ネットワークに所属する家庭の女性は基本的にメンバーだけど活動への参加は任意。イベントがある時は各家庭にFAXで情報が送られ、参加したい人が手を上げるという形が取られています。
今の時代、農家のいち戦力として働きながら、家や子育てを完璧にこなすなんて超人的なことはできないから。できる時にできる人が動き、無理なときは無理と言える環境を大切にしているのです。
集まった時も少々話が脱線するのはご愛嬌。夫のグチや子育ての悩み、時短レシピの情報交換など、話はつきません。
「最近の話題はもっぱら電気圧力鍋!火をつけっぱなしにしなくていいし、時短になるし、調理中も静か。どこのメーカーがいいなんて話で持ちきりです。」
時短レシピの情報交換も話題のひとつ。動画レシピサイトもよく使うそうです。
付かず離れずの距離にありながら、農業という共通項で繋がりあえる関係性。
生まれも育ちも地元でご近所からお嫁に来たという人もいれば、都会から新規就農で移住した人もいる。親が農家だった人、そうでなかった人。子どものいる人、いない人。普通ならつながる機会のない人との会話から思わぬ解決策も飛び出すのだとか。
このゆるやかさがいい息抜きになって、よい関係性を作っているのかもしれません。
ご主人の康道さん(右)と一緒に、畑でも主戦力として働きます。
左から富谷和美さん、槍木佐知子さん、新規就農で山武に移住した片岡純子さん、便利家電のことならおまかせの吉田久美子さん。
槍木さんのおすすめのにんじんレシピ2種
時短レシピは日々忙しい農家の女性にとってなくてはならないもの。
使い道が限られがちな人参を手軽においしく食べられるレシピを、調理師免許を持つお料理上手の槍木さんに教えてもらいました。
(右)にんじんと明太子の炒め物
千切りにしたにんじんとほぐした明太子を炒めるだけの簡単レシピ。
味付けは塩コショウでシンプルに。
仕上げにバターを少し加えるとコクが出てリッチな味わいに。
(左)にんじんのツナおかかまぶし
千切りにんじんを電子レンジで加熱し、ゴマ油、砂糖、めんつゆ、ツナ缶、鰹節を入れて混ぜるだけ。
にんじんの火の通り、調味料の配合比はお好みで。
“心証を渡された”後はすべて、自分の心次第。
富谷さん(右)が有機農業に進むきっかけとなった下山久信さん(左)とさんぶ野菜ネットワーク事務所前で。
「この地域の農家では、親世代が子どもに畑を譲ることを“心証を渡す“と言います。畑はもちろん主導権をすべて渡すという意味です。」
富谷さんが父から心証を渡されたのは33歳の時。
28歳でJA山武睦岡支所有機部会の副会長になり、29歳でさんぶ野菜ネットワークを立ち上げ。
農薬や化学肥料も使う当時の主流に沿った父の農業とは違う、有機農業という道に進むことを反対していた父が、全面的に認めてくれた証でもありました。
それから30年。富谷さん率いるさんぶ野菜ネットワークは、日本を代表する有機農業の老舗産地としてその名を知られるようになりました。
1994年の日本農業賞優秀賞の受賞を皮切りに、最近も「未来につながる持続可能な農業推進コンクール」で農林水産大臣賞を受賞!有機農業のモデルケースとして全国各地からの見学や視察も跡を絶ちません。
最初は生活できるのだろうかと不安さえ感じていた有機農業。信じて突き進んだことで道は開け、今では同じ道を歩みたいと言ってくれる仲間もいる。開拓者から先導役に。
日本の農業を絶やさないために、富谷さんとさんぶ野菜ネットワークは“心証”を渡すにふさわしい後進を育てていく段階へと、その歩みを進めています。
研修生の皆さん。年齢も経歴もさまざま、個性的なメンバー揃いです。
持続可能な農業のカタチ『定着できる研修制度』
今、日本の農業人口は約158万人。うち約半数は70歳以上で49歳以下の割合はわずか10%しかありません。
早くから後継者問題に取り組んできたさんぶ野菜ネットワークは、他産地とは一味違う研修制度を実施しています。
その名も「のれん分け制度」。
まず新規就農希望者とベテラン農家をマッチング。新規就農者は農家に弟子入りするような形で研修生活を送ります。
師匠となる農家はただ技術指導するだけでなく、住まい探しや生活に必要なものの斡旋など、新規就農者の生活もひっくるめて面倒を見ます。
研修期間は1~2年程度。師匠から免許皆伝となれば晴れて独立ですが、この際も師匠である農家は、農地を借り受けるための仲介役や農機具の調達などの手助けも行います。
富谷さんの元で農業を学び、昨年独立を果たしたばかりの安田智洋さんは、師匠である富谷さん宅から徒歩で通える距離に住まい、今も事ある事に富谷さんの力を借りているそう。
「新規就農で大変なことのひとつに農機具の調達があります。トラクターなど中古でも数十万は当たり前。収入が安定しない段階での購入は負担が大きすぎるのですが、富谷さんが『急いで買わなくてもしばらくはうちのを使えばいい』と言ってくださって、お言葉に甘えています。」
さんぶ野菜ネットワーク独自の「のれん分け制度」は、生活やメンタルまでもフォローできる点が功を奏しているのか、これまで30名を受け入れて最終的に就農しなかったのはわずか2名だけという驚きの定着率。
古いようで新しいこの制度は、後継者問題に悩む日本各地の産地に新たな解決の道筋となるのかもしれません。
冨谷さんの畑で、にんじんの出来をチェック。
まっすぐに伸びる畝(うね)が美しい冨谷さんの畑。「こんな畑を作れるようになりたい」と安田さん。
殿堂入りの濃厚さ!
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